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ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 574
2012.04.04

ポルシェクラブ六本木が開催する年間行事で最も出席者の多い総会を目前に配布する資料作りにてんてこ舞いの日が続きました。
この状況になるのを嫌い事前に資料の整理をしているつもりでしたが、詰めの甘さが“つもり" と表現せざるを得ない所以でしょう。
イベントの終了毎に資料を作成し、これで良しと整理したつもりの資料は総会に際し総体的に見直しをすると説明不足に気付き、過去の資料を再度調べ補足作業にいそしむ日々が続きました。
総会当日までに何とか完成に漕ぎ着け、安堵感で恍惚状態でした。

3月24日(土)16時の受付開始に先だち14時に上田惇生先生とご家族を上野駅公園口でお迎えしました。一旦ホテルの部屋で休憩され、その間に打ち合わせと最近出版されたばかりの著書にサインを頂きました。
講演時間は1時間15分から20分でお願いしました。
ホテルとの事前打ち合わせで会場は50名(脚)が限度とのことでしたが、60脚の椅子を並べ何とか参加者全員の席を確保しました。

上田惇 生先生の来歴をご紹介いたします。
ピーター・ドラッカーの主要著書、全てを翻訳されドラッカー学会を設立後初代の代表に就任されています。
1969年に出版され世界的ベストセラーとなった『断絶の時代』でドラッカーの名声は世界にとどろきました。
既にこの当時今日、直面する転換期の様相を解りやすく解説している名著の翻訳をされドラッカーをして「私以上に私の著書に精通している」と言わしめました。 
一般的に最も解り易いのは『もしドラ』を監修されたことでビジネスマンだけでなく高校生にも ピーター・ドラッカーの名と経営学を広く普及させました。 

総会総会





ポルシェクラブ六本木はサーキット走行を得意とする体育会系のクラブとの評価が一般的なようですが、決してそうではありません。
サーキットを走るのにも路面とタイヤの摩擦係数を具体的数値に置き換えた論文を執筆したDr.原中さんを招聘し講習会を開催た後、実技でサーキットを如何に安全に速く走るか開催の都度テーマを設定し体系建てた走行会を開催しています。

ポルシェ乗りは経営に直接携わる会員が多いので今回は上田先生に無理なお願いを申し上げドラッカーの経営学の講演をして頂きました。

総会総会




ドラッカーの経営学について先生のひと言ひと言の語りかけは聞く者の心に浸み入る人間愛に満ちた内容で、心を洗い落とす爽やかな感動が残る講演でした。 
昨年7月に肺ガンの手術をされ、リハビリー中の昨年暮れも押し迫った時期に講演のご依頼をしました。
その時、直前のキャンセルもあり得ることを前提にお引き受け頂きました。
講演場所は2月初旬の奥入瀬渓谷蔦温泉で療養を兼ねてお越し頂けるように計画をしました。
残念なのは同時期に検査入院と重なってしまい雪深いみちのくの講演会は中止となりました。
その関連のブログは、このひとつ前に掲載されています。

総会総会




手術をされた後、初めての講演会としてより多くの皆様にお聞き頂くためポルシェクラブ六本木と経営者団体どん倉会の合同講演会にお招きすることにしました。
ご一緒にお越し頂きました奥様とご子息お二人はご主人、お父さんの講演会を初めて聞かれたそうです。
先生の講演内容そのままのほんのりと心温まる素敵なご一家です。

上田先生の基調講演は講演時間を大幅に越えてしまいましたが、ドラッカーの入門書として解りやすく解説されたNHK出版刊、上田惇生著の“ドラッカー マネージメント”を読まれることをお薦めします。
リハビリー中の先生に講演をご依頼した時、現在の体調で話すことはマラソンを走り終えた直後のインタビューに答えるような状態だよ。と云われながらも敢えてお引き受け頂きました。
聴講生を代表し先生とご家族に心からお礼と感謝を申し上げます。

総会総会




次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 573
2012.03.27

2010年12月4日、それまで盛岡駅までだった東北新幹線が新青森駅まで延長されました。
新青森駅は在来線の青森駅から奥羽線で弘前方面にひと駅、通称西バイパスの商業施設の南に位置します。
盛岡以北が開通してから3ヶ月後の翌年3月5日に東京、青森間を3時間5分で走る“はやぶさ" が営業を開始し5月の新緑から10月の紅葉まで観光青森としてリンゴ、温泉、海産物の宝庫となるはずでした。
5月のシーズンに向け観光客誘致の拍車がかりましたが寸前に東日本大震災に見舞われました。
驚異の復旧工事の結果、震災から49日の4月29日、ゴールデンウィーク前には全線が開通しました。
鉄道は復旧しても経済の回復が伴なわない中で観光客の回復は今のところあまり見込めない模様のようです。

アルガイア恵子さんが“東京ダイニング" を開店する前はシュツットガルト日本国名誉領事館々長を長年務め、特にドイツで日本文化の普及に力を注いで来ました。
在職中は公務に専念し退職後1年半の構想期間を経て、健康に良い本物の日本食文化をドイツで普及するため “東京ダイニング" を開業しました。 
青森とシュツットガルトで同時期に夢を託した花が蕾を持ったのも全くの偶然だったのでしょうか。

長年の夢が叶い花の蕾が開き始めたとき、地震と福島原発の事故に見舞われました。

蔦蔦



新幹線の不通で青森は観光客が見込めず、 ドイツはチェエルノブイリの放射能の苦い経年から、日本からの食材輸入は途絶え、その後全品放射能検査が必要となりなりました。福島以降ドイツ国内の原発問題は一気に廃止が決定しましたが、日本では想像のつかない環境問題の世論に加え放射能問題で “東京ダイニング" の客足はパタリと途絶えました。

本物の日本食の味が忘れられず1年を経てようやく世論も沈静化し客足は少しずつ戻ってきましたが、福島の原発事故はドイツシュツットガルトまで大きな影響を与えています。

収録後、放送局のすぐ近くにある寿し屋に招待頂きました。
深浦のヒラメ、八戸の水タコ、ウニ、アワビ、マグロ、取り立てのネタを使った本物の寿司を久々に口にし感激する恵子さん夫妻とお母さんです。
因みに、ドイツはユーロ圏内の魚の輸入以外、検疫に1週間かかるので築地からの直送は不可能です。
“東京ダイニング" ではバルト海や北海から入る魚をネタに使っています。

遅い昼食は寿司をご馳走になり蔦温泉に入りました。
積雪は1階の軒下まであります。

翌日は蔦温泉から八戸市内に下り、いつもお世話になる陸奥湊駅前の太洋食堂で今朝水揚げされた新鮮な魚介類の昼食をご馳走になりました。

蔦蔦



来日して三日目の晩は経営学の講演会を予定していましたが、先生が突然検査入院することとなり、中止のやむなきに至りました。
ドイツからわざわざ講演を聴きにご夫妻で帰国したのですが、残念な結果となってしまいました。
講演を聴講するため3泊予定で別の参加者も関東、中京地方から集まっていて経営者20名が津軽三味線の名手、山上 進さんの演奏する津軽じょんがら節などに耳を傾けました。

そして、宴たけなわ山上さんの横笛のお囃子に合わせ全員が主役となり “はねと” に変身しました。青森市内から蔦温泉に勤務するお姉さんが迫力ある“はねと”ぶりを披露し宴会は更に盛り上がりを見せました。

蔦蔦




クライネットを習ったことのある恵子さんのご主人が山上さんの尺八を借り,音出しをしているところです。
結果は如何に。

蔦蔦




次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 572
2012.03.25

2月中旬になってドイツから新たなお客様がムラタチューンを訪ねて来られました。
シュツットガルトで日本レストラン “東京ダイニング" を経営するアルガイア恵子さんとご主人です。30余年務めた仕事を辞められた後、構想一年半、エンジニアのご主人から今更何故またチャレンジするのかと言われながらも一昨年の暮れに長年の夢であった和食レストランをシュツットガルト市内にオープンしました。
近年ドイツのメディアがドイツ人は短命で日本人が長寿なのは何故かと云う疑問から食生活の改善がドイツ国民の間で関心の的となっていました。
日本人の感覚で云うなら塩味の分厚い肉を食べビールを毎日飲んでいたなら高血圧や循環器の障害で長生きするのは無理なのではないかということです。
肉食を控え今までほとんど口にしなかった魚を週1回は食べるように政府か推奨しています。日本食の良さが注目されたからです。
シュツットガルト市内には既に何年も前から回転すしの店はありますがサーモンのネタにマヨネーズがのっていたりしたら日本人の味覚から、それは寿しとはほど遠い食べものです。
それを寿しと思って食べているドイツ人は本物の寿司は解らず仕舞です。

同じようにラーメンも静かなブームを生み出しつつあります。
そこで都内に40店余の店舗展開をする “福しん” の社長をお訪ねしました。隅田川を隔てた浅草ロック座前の店に試食を兼ね社長の高橋さんをお訪ねしました。
今後ドイツでどのような展開になるかが今から楽しみです。

蔦蔦




2月10日(金)昼過ぎ、雪の新青森駅に降り立ちました。
レンタカーで市内に向かいFM青森放送を訪ねました。
近年まれに見る積雪は青森市内で2mを越しているそうです。
社長室に藤本社長を訪ねました。
一昨年末に青森まで新幹線が開通し観光立県に向け5月連中から本格的にスタートと思う矢先に東日本大震災と原発で東北地方の経済は云うに及ばず生活基盤の住環境が整わない現状で景気回復が大きく遅れている。
8月ねぶたの時期にドイツから観光客を誘致してほしいとの要望がありました。

蔦蔦



1時間に及ぶ歓談が終え今日本番のアルガイアさんの収録が行われました。
長い間のドイツの生活を通して、日本との国際交流について平山アナウンサーとの対談形式で話はどんどん進みます。
初めてラジオスタジオの収録を体験し平山アナウンサーの見事なプロディーユースにプロの凄さを実感しました。
事前に簡単な経歴書はmailで送っていましたが、少ない情報から次々と出てくる質問と見事なまでの話の弾ませ方に関心するばかりです。

話し方のプロの世界を垣間見る良い機会を与えて頂きました。

蔦蔦




次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 571
2012.03.23

16時少し前に東京スカイツリーの直下とも云えるムラタチューンに到着しました。
都内に入ってから全車下回を含む洗車をしてから帰社しましたから、1時間ほど余分に費しました。
18時30分にウォルフガング・カウフマンさんが投宿する浅草六区と道路一本隔てたホテルで合流し、夕食はカウフマンさんのリクエストに応え寿しを食べに赤坂に出向きました。
ホテルで合流する迄の2時間の空き時間を利用しカウフマンさんは秋葉原まで買い物に行ってきたそうです。ホテルの車寄せに入る間もなく正確な時間で落ち合いすぐ出発しました。
時間ばかり気にする今日のブログですが理由は青森から参加したポルシェ乗りの帰りの最終新幹線が20時4分東京駅発だったからです。
赤坂サカス付近は渋滞していて店に入ったのは19時30分でした。
評判の寿しを一口との思いから、店を出たのは15分後でした。駅までポルシェで送った同じポルシェ乗りか戻り次第、何とか間に合ったような話しぶりでしたので、それは凄いと話題が沸騰したのですが、駅に着いたのが発車間際で間に合わなかったと青森のポルシェ乗りは戻ってきました。見送った全員の予測通りでしたから、口々に激励と冷やかしの言葉でまたひと度沸き上がりました。

23時過ぎまで日本酒で寿しを食べ日本料理を満喫したカウフマンさんはカウンター内に入れてもらい来年のカレンダー用の記念撮影です。
瀟洒で凝った店作り、ネタも味も一級品です。
近くに行かれたら立ち寄ってみてはいかがですか。
店名は“くらもと” 地下鉄赤坂駅1番口を出て直進右手一方通行を越し4軒目のビル地階で手前右手のファリーマートが目印です。

蔦蔦





くらもと から出ると天を突くガラス張りのビルに沿って、アッと驚く乱舞する雪は吹雪の様相です。湿り気の多い雪は見る間に積もり始めました。店で借りた小さなビニールのコウモリ傘では近くの駐車場に行くにも用をなさない威勢良い降り方です。赤坂、溜池、大手町を経由し浅草のホテルには24時少し前に到着しましたが、八千穂レイクならまだしも東京の都心で吹雪に出会うとは予想もしませんでした。

翌朝、日の出前に上野公園から眺めた東京スカイツリーです。
東の空は鴇色に輝き雲ひとつない好天で気温は相変わらず高めです。
雪の降った翌日の夕方以降に良く気温が一気に低下することがありますが今夜はどうでしょう。

13時過ぎに上野駅でカウフマンさんに見送られ最後まで残ったポルシェ乗りが青森に帰りました。
車道脇に除雪した雪が残っています。

蔦蔦




京成上野駅です。
今回で4回この駅で乗り降りしていますからすっかり馴れ今では一人で成田空港へ行き来しています。
スカイライナーの改札口までは50m程はポーター付きですのVIP?待遇です。
一旦香港に立ち寄り中国で1月一杯テスト走行をしてからドイツに帰国するそうです。
いつも最高の笑顔で暫しの別れです。

蔦蔦



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ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 570
2012.03.22

今年で4年目を迎えたポルシェウィンタートレーニングが終了した翌朝、ホテルのロビーでパソコンを開き仕事をするウォルフガング・カウフマンさんです。
今朝はリラックスした表情がうかがえますが、コース設営を入れ4日間に及ぶイベントが終わって、休む間もなく朝食を待つ間にネット環境が完備したロビーで早速ドイツと通信をしています。
良く気が付き休むことなく働きます。

朝食の後、ニコ・カストラップさんを交え打ち合わせと反省会を開き今年のポルシェウィンタートレーニングは無事に全て終了しました。
大量の荷物をパッキングし車に分散して東京に向け帰路につきます。
今朝もまた雪が降りましたが、昨日からの暖かさで積もることはなく路面はご覧の通りです。

蔦蔦



東京に向け4台、長旅の大阪は1台が帰路に着きます。
マンタイモータースジャパンの大鹿社長とニコさんが3人で荷物を満載したAMGのベンツで、カウフマンさんカメラマンの菊池さんを含む5人が東京へ向かいます。
ニコさんとは4月末にドイツを訪れるまで再会することはなくなります。大鹿さんがカウフマンさんと再会するのも同じ4月末です。
先日ドイツからの電話ではシュツットガルトは、すっかり春めき温かな天候が続いているそうですが、いつもの年の日本と逆転のようです。

上野公園黒門口にある2本の寒緋桜がようやく蕾を開いたほどで、いつもの年より1ヶ月近く遅れているのではないでしょうか。
しかし、大寒のこの時期、思いもよらない暖かい日が続く皮肉なウィンタートレーニングとなりました。

蔦蔦



日本を初めて訪れたニコさんは来日前から京都見物を希望していて大鹿さんの案内で今日は取り合えず大阪に向かいますが、明日は京都見物です。

一人一人が別れの握手を交わし、一週間寝食を共にした名残を惜しんでいます。
ニコさんは雪で濡れた靴をドライビングシューズに履き替え1台は西に、4台は東に向け出発です。

ニコさん
ごきげんよう。

蔦蔦



次回に続く

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