ポルシェ無料診断

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ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 605
2012.07.18

昨夜羽田空港から帰宅したのが遅かったため東北自動車道を移動中パナメーラターボの後部座席で熟睡し、気が付けば既に日光に到着していました。
市営の駐車場に車を預け日本三奇橋のひとつと謳われる神橋まで徒歩で戻りました。
石組の橋脚に朱塗りの橋が大谷川を美しい弧を描いて跨ぎ、清流の青緑と対比し心安らぐ景観です。
表参道に至る杉並木の長坂を登り、三仏堂前で拝観料を納め境内に足を踏み入れました。

日光日光



三仏堂脇の鐘楼で昼を告げる時鐘を作務衣の男性が打つところでした。
鐘楼で梵鐘に向かい手を合わせたあと撞木の綱を取り後ろに体を思いきり海老のように反らしてから鐘をつき初めました。
体の上体が石段から遙かにはみ出してから梵鐘を突くのを見て、あまりに豪快な所作に思わずシャッターを切りました。
鐘が大きいのでこのようにして突かないと音が出ないのだそうです。

日光日光




殷々と境内に響き渡る時鐘に心が洗われる思いです。
その後、三仏堂の正面の宝物殿に面した庭園に足を運びました、
そこかしこに日本古来の美意識を表現する侘、寂の世界をジグフリード・シャラーさん見て頂きたくお連れしました。
ここ逍遥園は輪王寺門跡の庭園として江戸時代初期に作庭され一説には小堀遠州の作と云われています。
借景を取りいれた東西に長い池泉回遊式の庭園を丹念に観るシャラーさんの真摯な姿勢に感銘しました。

日光日光



次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 604
2012.07.17

特別展望台から眼下に広がる東京を眺めるよりも降りるのに昇ると同じ時間が掛かると思うとエレベーターを待つ人の列の長さが気がかりです。
ゆっくり夕闇迫る東京見物などしていられない心境です。
そのように考えると実に上手くできた観覧時間制御マニュアルだと感心しました。
特別展望台に昇るエレベーターの前で待機時間が20分間程あったのは何だったのでしょうか。
説明のないまま地上150mでジッと待つ健気な日本人に感心します。

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ラストオーダーが20時30分
21時少し前に到着しお詫びし座敷に落ち着きました。
ウォルフガング・カウフマンさんの帰国便出発時刻は23時15分です。
約1時間30分夕食を兼ねたカウフマンさんの送別会が開かれ明治時代に日本ではやった玩具がカウフマンさんにプレゼントされました。
送別会の主催者が遊び方の手ほどきを大皿、中皿、小皿、けん先と手際良くして見せ拍手喝采です。
見れば簡単、やるとなったらドリフト同様そうは問屋が卸しません。…カウフマンさん。
スポルトファーシューレは先生でもここは生徒のカウフマンさん。
お手並み拝見となり乾杯のワインで手元が狂った訳ではないでしょうが、なかなか思うに任せません。
次々と目を楽しませる日本料理が並び “花より団子" は洋の東西を問わず一緒なのでしょうか。

とんちを効かせた “健?ダマ" の一節、素晴らしいプレゼントを用意したものです。


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来日は成田空港、離日は羽田空港発のフランクフルト行きと旅慣れた手際よさは感心します。
この時間帯の空港は人影もまばらでカウフマンさんは帰国の途に着きました。

次の信号を通過すると首都高入口というところで携帯電話が鳴りました。
彼がお気に入りのクレーマーポルシェのベストを車内に置き忘れたと言ってきました。お陰で2度の別れを惜しむことができました。

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次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 603
2012.07.16

ウォルフガング・カウフマンさん、ジグフリード・シャラーさん、ドイツからの二人のインストラクターはともかくタフです。時差も疲れも全く感じさせないです。
忍野八海から一旦浅草のホテルに戻りシャワーを浴び、18時にホテルを出発し東京タワーに行くこととなりました。
5月22日にオープンした東京スカイツリーは今日で丁度2週間経ちましたが、1日20万人の観光客が訪れるそうです。その足元に居てドイツから来ているの二人を連れて行かれないのは沽券に関わると思い吾妻橋から芝に出向きました。
毎日眺めている東京スカイツリーも高いですが、こちらも真下から見上げると目が眩む程の高さを感じます。
東京スカイツリーの相乗効果で東京タワーも連日観光客で賑わっていると新聞に報じられていましたから、覚悟を決め出掛けました。
ホールはエレベータの乗り口に向かって迷路のようにベルトで誘導していましたが、待つ程もなく気抜けするくらいあっさりと150mの大展望台に登ることができました。

ここまで登ると更にその上まで登りたいと思うのが人情なんでしょう。
100m上の特別展望台を目指すこととしたのは、もう一つ理由があったからです。
周辺には大展望台よりも高いビルが目の先に聳え、それらのビルから何回か東京を眺めたことがあったので250mからの眺望はどんな光景か興味がありました。
特別展望台に登る切符に番号が印字されていて、現在の搭乗順位が電光掲示板に表示されています。

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大展望台の2階から特別展望台のエレベーターに搭乗するようになっています。階段を上りエレベータ乗り口まで、すり足状態で何とか辿り着くのに20分程掛かりました。誘導のベルトに導かれエレベーターの前に辿り着くと先順位は30人程でエレベータ前の電光板に点検中と表示されていて待つこととなりました。
エレベーターの入口で係の女性と若い男性が交代し待機する状態が続きました。
暫くするうちに年配の男性が現れエレベーター脇の電話でのやり取りがなされ最初の女性が再び現れ、大展望台から降りて来た人と交代で登る人が乗り込みました。
エレベーターは1台で1回に10名ずつを乗せ上下のピストンを繰り返します。
大展望台250mから眺める暮れゆく東京です。

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250mの特別展望台からの下界の眺めはヘリコプターのような移動物体からの眺望とは違って目をこらして同じ場所を見続けることができます。
1958年の開業当時登って以来です。
記憶を辿ると展望台内はもっとシンプルで無骨な感じさえしました。
特別展望台には登れず当然当時は高層ビルもなかったですから150mの高さに充分感激したものです。
降りるときは階段を使い確か25分くらい掛かりました。
今はそんなことはできないように施設管理がされているのでしょう。
当時は責任と信頼の自覚が確立されていた時代で良い体験ができました。

因みに大展望台の上下は1分で乗り降りを入れ往復に約5分掛かるそうです。

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次回に続く

ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 602
2012.07.15

富士山の北麓に位置する蕎麦屋の駐車場に車を止め徒歩で辿り着いた先は忍野八海です。
東富士自動車道山中湖インターチェンジを通過し国道138号線を約2kmほど大月方面に向かって北上し右折して2km少々です。
湧出する富士山の伏流水は1985年に名水100選に選ばれています。
茅葺きの水車小屋を背景に男3人が並びカメラに収まりました。
この右手に古民家、はんのき資料館があり入場料を払い入園しました。蛇行する小さな清流の中央から勢い良く地下水が湧出し大きな人工の池に流入しています。

1988年に富士スピードウェイにおいて第1回ポルシェパレードが開催されました。
参加者は富士急ハイランドホテルに宿泊し参加しました。
斬新で多彩なイベント内容は参加者を多いに魅了しましたが、その中のひとつミステリアスラリーの名称でフォトハンティングラリーがあり、会場として忍野八海が立ち寄り先のひとつに指定されていました。

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ラリーの概要は1台のポルシェにナビゲーターと分乗し、スタート前に配布されたコマ地図を頼りに一定間隔の時間を置いてフラックを合図にホテルをスタートし、指定された10ヶ所ほどの場所を同乗者のどちらかが、こま地図に指示された通り被写体と一緒の構図でポラロイドカメラに収まり、規定の時間内にホテルに戻る内容でした。
その当時は、このような人工池や施設はなく、自然がそのまま残る景観の中で富士山と茅葺きの小さな水車小屋を背景に撮影した記憶が残っています。

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今から27年前のことでした。
周囲は一面茅原であったと記憶しています。
現在は土産店やテイクアウトの店が建ち並び当時の面影は全くと云っても過言でないほど残っていませんでした。
土産店の前に人工の池が掘られ虹鱒が遊弋していましたが、直近の八海のひとつは湧水が激減し人工池の水が水路で注がれていました。
国の天然記念物に指定されているようですが、個人の所有地だそうで開発の名の下で自然破壊が極端に進んだ例でしょう。

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ポルシェ専門店,これが分かればポルシェパラノイア 601
2012.07.14

6月第1週の土曜日に開催されたスポルトファーシューレ3 の2回目の走行終了を告げる電光掲示のチェッカーフラックが13時53分に出ましたが、その直後に300R付近だけが想像を絶する豪雨に見舞われ、表示が赤ランプ2灯の点滅に代わり、走行は直ちに中止されました。
チェッカーフラックが出る直前にゼッケン8号車がピットをスタートし1周目ダンロップコーナーのポストでオイル旗を確認しましたが、ぽつぽつ雨粒が落ちた程度で、その先の第13コーナーから最終コーナーまでコースは全くのドライでした。
2周目の300R右になだらかに下る最初のコーナーは横Gを掛け踏ん張ったままアウト一杯まで持って行き次の左カーブに入る寸前にオイル旗を確認しましたが、その時点で雨は降っていずコースはドライでしたが、その先でいきなり洗車機に入ったような豪雨に見舞われました。
どこからが雨かの区別も付かず一瞬でした。
その豪雨に突入したゼッケン8 のポルシェが時計回りにスピンし逆走、何とか修正しフロントを正面に向けたものの、コースは冠水状態で路面とタイヤとの感触はハイドロプレーニング現象とも違う浮いた状態となりました。
再びスピンし逆送するのを回避するためハンドルを右に切ることは敢えてせずダンロップコーナー付近のタイヤバリアにやむなく正面から衝突しました。
衝撃でエアーバックが開き左フロントフェンダーとボンネット、 バンバーを損傷しましたがラジエターの水漏れ、オイル漏れはなくドアの開閉も異常はありませんでした。大切な愛車が損傷し残念な結果となりました。
事故の発生した時点でピット付近は日が差していました。

ポルシェクラブ六本木の理事会が1ヶ月後に開催されオイル旗を確認したのに減速することなく、200km位の速度で豪雨に突入したこと、スポルトファーシューレ開催に先立ち、いつも行われるブリーフィングで各種の旗を指示に従って掲げ受講者に教える立場のインストラクターがハンドルを握っていたことも討議の対象となり、多岐に亘る真剣な検討が長時間行われました。

その結果、幾つかの疑問が生じました。
… …


スポルトファーシューレ 3 が終了後のブリーフィングです。
イベントは全て終了しウォルフガング・カウフマンさんとの愛らしいスナップです。

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喉ごし一杯目の生ビールがことのほか美味いパーティー会場での集合写真です。
ホテルのバーを貸し切ってのビュッフェスタイルの夕食
一日走り続けたポルシェ乗りたちの空腹を満たすために出された料理は一瞬で胃袋に収まり、追加のリクエストで料理出される間に乾ききった喉を潤すため勢い飲み物の消費量が増えました。
写真の背景が幾分暗いのですが、本来の使用目的と違う会場だからです。
心配には及びません。

翌朝はゆとりをもった時間で朝食をとり、今秋10月 1日から5日間開催のニュルブルクリンク週間に先だち、昨年の反省を兼ね有意義な打ち合わせが行われました。

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そんな時間は瞬く間に過ぎ、気が付けば昼近くになっていました。
ホテルの玄関で別れの挨拶をする未来の“梅ちゃん先生" とカウフマンさんの硬い握手です。

男3人梅雨空模様の橋の上、
なぜか二人は会々傘ですが、3人ともにこやかです。
新緑が目に滲み入るような美しさからでしょうか。
男たる者こうでなければいけません。

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